読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

50の風景と、風景にまつわる言葉。

小さな世界の窓から見える色々な風景のひとつずつ。

パレスチナ問題における構造的問題について

雑記

日本では表面的にしか報道されないパレスチナ問題。イスラエル問題とは報道されないところがすでに偏っているとは思いますが、いずれにせよ大手メディアではきちんとした報道がされていないというのが実態です。なんとなく、みんな「ハマスが悪いやつら」だと思っていますよね。(ちなみに、ハマスは「100%」民主主義的な方法(=選挙)によって与党となっています)

現状の把握という意味では下記のページが詳しいかと思います。


時事ドットコム:戦闘50日間の爪痕〜パレスチナ自治区ガザ〜

 

さて、ここでは詳しくパレスチナ問題の解説をしたいのではなく、先日、恵比寿のNADiff a/p/a/r/tにてシンポジウム「パレスチナ問題と表現の〈閾〉をめぐって」に参加して思ったことを書きたいと思います。

TALK EVENT「パレスチナ問題と表現の〈閾〉をめぐって」

 

パレスチナ問題について詳しく知りたい方はgoogleで検索してください(笑)。たぶん、色々なことが書いてあるとは思いますが、僕が一つだけ"現状"のパレスチナ問題について言及するならば、この問題は「解決することは不可能」だということです。もうギブアップです。この理由が今回のテーマ、すなわちパレスチナ問題が抱える構造的問題です。

 

ギブアップ、と書いてしまうと冷たく聞こえますが、この構造的問題を示した上で何をすべきかについては最後に述べるつもりです。

 

 

そもそもイスラエル国家というのは、戦争、そしてホロコーストを経て、世界各地に逃れていったユダヤ人(特にヨーロッパ系のユダヤ人)が、悲願として旧約聖書に書いてある「自分たちの土地」に国家を建設したことが始まりです。

その土地には長い間パレスチナ人が住んでいました。しかし、イスラエルは戦力をもって、パレスチナ人を追い出し、その結果が現状のイスラエル、そしてパレスチナ自治区ヨルダン川西岸ガザ地区)という非常に歪んだ形を生み出しています。パレスチナ人は当然怒っています。何故ならその土地は長い間自分たちが住んでいた土地だからです。しかし、イスラエルにとっては、そこは「自分たちの土地」なのだから無視するしかありません。

 

はい。お分かりの通り、もう詰んでます。

 

旧約聖書に書いてある自分たちの土地」と「古くから自分たちが代々住んでいた土地」という2つの主張が成立することは構造的に不可能です。そもそも歴史というのは解釈でしかないので、同じ土俵で語りあることが無理ですよね(日本と韓国を見ても一目瞭然なように)。

 

というわけで、この歴史観による構造的問題を挙げるだけで、パレスチナ問題が解決不可能だということは言えるのですが、これだけだと寂しいのでもう少し続けます。次は、「何故イスラエルはここまでひたすらに破壊を続けるのか」について。この点についても構造的問題を発見することができます。

 

パレスチナ問題について実態を調べると誰がどう見ても被害者の大半はパレスチナ人なので、問題の解決のためには「イスラエルをどうにか落ち着かせる」という方向で考えがちですが、ここではイスラエルの立場になって少し考えてみます。

 

まずは中東の地図を宗教の観点から見てみます。

中東地域の主な宗教

このリンク先の見て頂くとわかりやすいのですが、中東は「イスラム教」の国ばかりです。つまり、イスラエルは「ユダヤ教国家」という超マイノリティな存在であることがわかります。もちろん「ユダヤ教国家」は国という意味では世界においても超マイナーな存在です(裏世界では違いますが)。

 

正直、この時点で僕は「よくあんなところに住むな」と思ってしまいます。完全にアウェーです。勝ち点3は諦めた方がよいです。良くて引き分け。しかし、イスラエルは「勝ち点3」を取ることしか考えていません。そして、そのためには「強くなる」しかありません。実際に、イスラエルの軍事力についてはこれまでの歴史が証明しています。

 

仮に完全な和平が成立したと仮定してみます。平和な世界においては軍事力は不要になります。むしろ軍事力を放棄することが望まれます。もし、イスラエルが和平を尊重し、軍事力を放棄したら、、、、はい、想像はたやすいです。どう考えてもイスラム教勢力(そしてパレスチナ人)はイスラエルを追い出そうと思いますよね。だって、そもそもそこは「自分たちの土地」なのだから。

 

このような状況下でイスラエルとしては「攻撃をすること」それ自体がその存在証明となります。自分たちが強いということを攻撃することで証明し、そしてそれを常に続けることで、逆説的にイスラエルという国家の存在証明をしようとしています。もはや、その攻撃に正当性はありません。何故なら、その攻撃自体が目的だからです。

もちろん一連の空爆や、入植地の建設等はイスラエルの身勝手な行動だと批判することは容易です。ただし、一方で、イスラエル側の立場においては「せざるを得ない」ことだという風に理解もできます。

 

以上のように、地政学及び宗教的な視点からも、パレスチナ問題が「構造的に解決不可能」であることは明らかです。

 

さて、このような状況で、どうすればよいか。多くのジャーナリストはパレスチナの現状を世界に伝えることで停戦を呼びかけています。先日のシンポジウムでもパレスチナの現状を世界に広めることが重要だ、ということが一つの結論として挙がっていました。

そして、9月末の現時点で停戦は実現しています。

 

もちろん、戦闘が終わることは非常に重要です。死に怯えて暮らさなければならないような義務は誰にもありません。ただし、停戦を実現することがパレスチナ問題の解決ではありません。停戦は現状の構造を内包したままに過ぎません。この「構造的問題」を解決するまで本当の問題の解決はない、と僕は思います。

 

問題解決のための答えは単純です。

それは、この「構造を解体すること」です。あるいは「脱構築」という言葉を使ってよいかもしれません。イスラエルパレスチナの両者による構造を完全に解体し、そしてその両者によって新たな構造をゼロから作り上げること。それ以外にないと考えます。

 

もちろん、この構造は長い歴史によって作り上げられてきたものであり、そう簡単に解体できるものではありません。ただし、「歴史によって作り上げられた」というところにヒントがあります。つまり、逆に言えば「歴史に犯されていない」人間によって作ればよいということです。それはもちろん、これから生まれ、これから生きていく世代に他なりません。

 

パレスチナの現状は悲惨です。停戦を呼びかけることはもちろん重要です。ただし、それだけでは何の解決にならないことを考えると、直近の問題に対応しながらも、この「構造的問題」をどのように解決すべきかをもっと考える必要があると思います。

 

それはきっと、数ヶ月や数年でできることでなく、きっと数十年かけて実現できるような解決策かもしれません。ただ、歴史を振り返るとことの発祥は2000年以上も前のことなわけで、その長さに比べれば数十年というのは短いのではないでしょうか。

 

--最後に--

僕はイスラエルパレスチナも訪れたことがありますが、とても素敵な土地です。地中海に面したテルアビブ、歴史そのものであると言ってもよいエルサレム、そしてイエス生誕地であるベツレヘム。歴史好きにとってはたまらない土地です。観光する場所には困らないし、食事も大変美味しいです。またいつか訪れたい場所です。

 

ひよこ豆のペースト "フムス"

f:id:houndedori:20110325210550j:plain

↓  炊き込みご飯 "マクルーベ"

f:id:houndedori:20110331233756j:plain

 

イスラエル/パレスチナ問題というのはとても複雑ですが、この問題が仮に解決できれば、どのような世界の問題も解決できるのではと思っています。なので、今回ちょうど良い機会だったので取り上げてみました。

 

まずは、旅行好きな方、ぜひイスラエルパレスチナ)へ!

 

 

ではでは。